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薬を飲むと、一瞬気持ちが揺らぐ。
すごく不安のような渦が巻くのだ。
それに耐えて少しすれば、和らいでくれる。

しかし。
薬がなくなってほとんど活動できなくなって
体も気持ちも動かない状況に陥ったら
わたしはたぶん、なにもできないままに死ぬだろう。
きっと強くなど生きられないだろう。
もし被災地にいたとしたら、軽蔑のまなざしで見られるだろう。
死人のように横たわって、死ねばよかったとすら考えないだろう。
そんなことを考えるでもなく、頭は働かなくなり
体も動かないまま、ひどく迷惑をかける肉塊になるだろう。
もしそうなったら、殺してほしいとも思う。

わたしは結局、薬に生かされているにすぎないと
とても強く感じた。
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地震のあったとき、わたしは新橋の駅前に降り立ったばかりだった。
取材に向かおうとしていて、非常に張りつめていた。
鍵を握る取材だったからだ。

新橋烏森口のあらゆるものが揺れていた。
一番びっくりしたのは、商店街の入り口の鉄の門だ。
いつも頑丈だと思うものが、ぐにゃりぐにゃりと揺れている。
まるで、目の錯覚で曲がって見えるオブジェみたいに。
人々は、外に出て避難している。
人がたくさんいて怖いから、ずっと音楽を鳴らしていた。
歩いているから、地面の揺れがわからない。
グーグルマップにしたがって、よろけながら取材先に向かう。

じつは、みんなが外に出ているのが不思議だった。
取材先についても、自分の心配でなく、他人の心配ばかりしていた。
リスケになったので、次の取材先近くに向かおうとする。
避難場所になっているらしき公園を通ると、
またもや人がたくさんで怖い。
SL広場も人がたくさんで怖い。
人がいる、人の意識がある、みんな戸惑っている、
電話をする人もいる、浮浪者は平然と立ち食いそばを食う。
わたしは浮浪者に混じりたかった。

人がたくさんで、次の取材先までたどり着けないのではという不安。
いらだち。いまどうなっているかなど、興味はなかった。
とにかく、取材ができるのかを考えていた。
地下道を使えないから、ゆけない。

仕方なく、人の少ない道に避難する。
少ないスイカの残数で飲み物を買う。
薬がない。
次の取材先から、リスケの電話がかかってきた。
社内からも安否確認と避難の連絡。

そこではじめて、自分自身のことを考えた。
目的があったから耐えられた不安な状況が、
どっと自分の心に押し寄せる。
人が怖い。感情が漏れている。
誰もが不安で、不安の渦の中にいるのは、苦痛でしかない。

twitterがなかったら、そのときにでも倒れていたかもしれない。
歩いて帰る途中、不安はなかった。
ただ、人がたくさんいる恐怖に耐えて歩いた。
家に早くたどりつきたかった。
少しでも安心できる場所に行きたかった。
いま、自分がどうなっているのさっぱりわからない。
とても不安定かもしれない、と思う。
仕事はいつも通りのかんじに戻っている気もする。
シリーズ作をつくる。
髪を金髪にする。
あーやんにお手紙を書く。
みたちゃんと海へ行く。
心臓がどきどきして、どうしようもない。
ひさしぶりに外に出るのが怖いよ。
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